[6日目]「なぜ?」という問いは学びの入り口
私がこの言葉を知ったのは6年前。
「地元の中高生が集まり、地元の良いところをアピールしていく」がコンセプトで集まっていたグループに参加した時のことでした。
当時、講師の大人が「PDCAを回すことが大事」と学生たちに熱弁していました。中高生はとくに質問することなく話を最後まで聞いていました。自分だけが分からないだろうと思い、メモを取って後で調べる事にしました。
調べてみると
PDCAとは
Plan(計画) 計画を立てて
Do(実行) 計画を進めて
Check(評価) 計画通り進んでいるかの確認をして
Act(改善) 計画通りに進んでいないなら改善
の略で、
P→D→C→A→P→D→C→A→P…と工程を繰り返す(サイクル)生産分野での改善手法であることを知りました。
どうやらこの言葉は日本の企業のいたるところに浸透・起用している考え方らしく、改めて書店で並ぶ本を見た時にPDCAについての本がずらりと並んでいたことに興味を持ちました。
「なぜ、日本企業にPDCAの概念が採用されているのか?」という好奇心でその歴史を少し調べてみました。
まず、PDCAの概念が生まれたのは第二次世界大戦後で、ウォルター・シーハートという人が提唱したらしいです。
日本では1950年代にシーハートの弟子であるエドワーズ・デミングが日本科学技術連盟のところで講演。その講演に参加していた日科技連の幹部がPDCAサイクルを広めたとされています。
PDCAサイクルは統計的品質管理、生産技術の継続的改善手法と呼ばれており、モノづくり大国である日本にとって、とても相性の良い考え方だったことが分かりました。
また、このフレームワークの弱点はなんだろうと思ったので調べてみると
P(計画)の時点でDCまでを想定するので、D(実行)の段階でトラブルが起き、計画通りにいかなくなると対応できない。
PDCAはあくまで演繹的アプローチであり、計画が前提であること。
弱点としては短期的変化に対応できないことなのかなと思いました。
フレームワークは便利だけど、なんでも使えるっていう訳ではないですね💦
個人的に自分にとっての「知識」とは、
「目に見えない道具」
だと定義しています。
周りの人の言動をみると、目に見える道具に対してはその道具の特製や効用、メリット・デメリットを認識している。
でも、知識(特に技術的なもの)になると意識していない人が多いのかなって思いました。
今回は「PDCAサイクル」についてでしたが、これはどういう意味なんだろう、このフレームワークはなぜ生まれたんだろう、なぜ日本ですごい浸透しているんだろう...という疑問から、興味を持って調べて学ぶことができました。
改めて、前回一緒に聴いていた地元の学生さんたちに「前回のPDCAって言葉知ってる?」とたずねてみました。すると、説明できる子が誰もいないどことか、調べてすらいませんでした。なので、その場ではとりあえず私が勉強したことを彼らに伝えて共有しました。
別に調べてなくても問題はないのですが、なんか少し心配になってしまう瞬間でもありました。知らないことをスルーして聞いている。
今の子は、物事に疑問を持たないのだろうか?
逆にそれが一般的なのか...。
これからの時代、答えのあるものはネットが教えてくれる。そのため、その答えに辿り着く過程や経緯について考えることが重要で大事になるのではないかと思っています。
という事で大好きな研究者である有名人の名言で締めたいと思います。
なぜか?という問いは、その答えの百倍重要である。 –アルベルト・アインシュタイン–